童謡・唱歌『おぼろ月夜』
1914年(大正3年)
作詞:高野辰之
作曲:岡野貞一
『朧月夜(おぼろづきよ)』は、田園風景をつづった格調高い叙景歌で、作曲の岡野貞一と、作詞の高野辰之による日本の唱歌です。1914(大正3)年「尋常小学唱歌」第六学年用に掲載されました。検定教科書が用いられるようになった1948年(昭和23年)から小学校6年生の音楽教科書において採用され、平成以降も取り上げられています。1989年(平成元年)に、『日本のうた・ふるさとのうた』全国実行委員会が、NHKを通じて全国アンケートにより実施した「あなたが選ぶ日本のうた・ふるさとのうた」で、本曲が第4位を獲得しています。
朧月夜(おぼろづきよ、おぼろづくよ)とは、春の夜に月がほのかに霞んで(かすんで)いる情景を指す季語です。春の空が霞む理由は、春に発生する上昇気流と関係があります。 気温が上がって地面から上空に向かって上昇気流が発生すると、地上付近にある砂やほこりなどが巻き上げられて空気中に漂いやすくなります。この空気中に漂ったホコリは、太陽の光を散乱させて白っぽく見えるようになります。
歌詞の1番の「におい」は古語で、香りの意味ではなく、鮮やかな色あい、色つやのことを意味しており、2番の「森の色」の色と同義です。清少納言の『枕草子(まくらのそうし)』に「花びらの端に をかしき“にほい”こそ 心もとなうつきためれ」という一文があります。意味は、「花びらの端に、美しい“色つや”が、ほのかについているように見える」となります。古文では、「にお(ほ)い」を、美しさ、魅力・気品、栄華・威光などの意味合いで使われますが、現代語と同じく「香り・匂い」の意味でも使われることもあります。2番の「里わ(里曲)」は、里、すなわち村落のあたり、という意味です。「火影」は、灯火に照らされてできる影のことで、日が暮れて家々の明かりがともされ始めているイメージでしょうか。2番の「蛙」は「かわず」と読みます。夏になると大合唱を始める蛙ですが、俳諧では春の季語、その年に初めて声をきくことを初蛙といいます。出会うときの時間帯や、声の遠近によって昼蛙、夕蛙、遠蛙などの表現もあります。
覚めきらぬ者の聲なり初蛙
相生垣瓜人(あいおいがき かじん)
二十四節季では、「立春」の次が「雨水」、その次が「啓蟄」になります。啓蟄は3月初旬から中旬にかけての頃です。『啓』は「開く」、『蟄』は「虫などが土で冬ごもりする」ことを意味します。「虫などが土で冬ごもりしている状態」が「開かれる」、つまり「冬籠りの虫が這い出る」という意味になります。丁度、菜の花が咲く頃、冬眠していた虫や動物たちも目を覚まし、土の下や穴倉から這い出してきます。
岡野と高野の作詞作曲コンビで生まれた唱歌には、「朧月夜(おぼろづきよ)」の他に、「故郷(ふるさと)」、「春が来た」、「春の小川」、「紅葉(もみじ)」などがあります。
作詞の高野辰之は、長野県豊田村(現在の中野市)に生まれ、隣の飯山市で小学校の教師をしていた時期がありました。飯山市や中野市などを含む長野県の北信地方一帯は江戸時代から換金作物の菜種栽培が盛んで、春には一面の菜の花畑が広がっており、その光景を高野が朧月夜のモチーフにしたと考えられています(岡野貞一が作曲し、高野が作詞したとする説には、学術的には疑問視する意見もあります)。
飯山市には、春になると見わたす限りいちめんが菜の花の鮮やかな黄色で覆われる『菜の花公園』があります。千曲川東岸の小高い丘の中腹に位置しているので、眼下に千曲川、その先に関田山脈を眺望できる絶景スポットとしても人気があります。『いいやま菜の花まつり』のメイン会場として会期中はさまざまなイベントが行われます。また、夏には、菜の花の連作障害をふせぐためにひまわりが植えられるため、ひまわり畑に変身します。
一面の菜の花の黄色と香りに包まれに、あなたも歌の旅へ出かけてみませんか?
高野は、晩年に長野県の野沢温泉で過ごしており、1990年には野沢温泉村に記念館「おぼろ月夜の館 斑山文庫」が創立されました。
神奈川県二宮町の吾妻山の早咲きの菜の花に因んで、2016年(平成28年)1月9日から、町内にある東日本旅客鉄道(JR東日本)東海道線二宮駅で発車メロディとして使用されています。
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回想法
- 菜の花畑を見たことがありますか?
- 菜の花はどんな場所に咲いていますか?
- 菜の花はどんな香りがしますか?
- 菜の花は何に使われますか?(菜種油、食用などとして)
- 菜の花以外に春に咲く花の名前を5つ答えてください。(すみれ、れんげ、ちゅーりっぷ、なでしこ、もも、など)
- 冬眠する生き物を5つ答えてください。(へび、かえる、くま、ねずみ、かめ、こうもり、など)